食欲は1ミリも衰えず
シューのシコリ発見から2週間以上が過ぎ、ワーストケースとして描いていた「2週間で自力で食べられなくなる」シナリオは廃棄となった。食べられなくなるどころか、相変わらず3日間何も食べていないような勢いで食事をなさっている。
とはいえ、腫瘍は8日から着実に成長し、11日には真っ赤になって熱をもち、昨日12日には先端が紫色になっていた。痛みのせいか、ベッドに寝かせても顔を下ろしたくないようで、すぐ起き上がって落ち着かず、歩き回る。赤ちゃんを寝かしつけるように添い寝して背中を撫でて、ようやく眠った。
朝3時ごろまた落ち着かない様子で起き出したので、排泄させてからまた寝かしつけて、私も少し二度寝した。
ところが、起きてびっくり。そこらじゅうが血まみれだ。シューのベッドと私のシーツや枕の上に敷いておいたバスタオルもだが、自分の白いTシャツが真っ赤に染まっていた。
毎日、まるでズンズンっという効果音が聞こえるような勢いで成長した腫瘍が、5日間で自壊したのだった。痛がっていたのは腫れがMAXになっていたからだろう。
その後鮮血は血と膿が混ざったようなものに変わった。問題は腫瘍があるのがアゴなので、ガーゼとか包帯が使えないこと。ぶつけてさらに血が出ないように、また歩き回って汚さないように、今日はサークル内でマイソールクラスの見守りをしていただくことにした。
時間の経過とともに膿はよりさらっとしたものに変化し、腫瘍はだいぶ小さくなった。崩壊したことで痛みは引いたらしく、今は落ち着いている。見た目はホラーではあるが、とりあえず、ぐったりするような気配はなく、飢えた狼のようにご飯を食べているので安心してくだされ。
ガーゼの代わりに、ベッドの上にバスタオル+古シーツを切ったもので対応。
まだまだ生きる気マンマンのシュー太郎氏である。
急速に発達する腫瘍
先日、かつての練習仲間がシューに会いに来てくれた。腫瘍が発覚したので元気なうちにと駆けつけてくれたのだけど、その日は落ち着いていたので、みんな安心して、これならまた次も会えるねと言って帰って行った。
それなのに、翌朝、腫瘍が大きく腫れ上がっていた。
なんなんだ。
腫瘍ってそんなに急に、一晩で大きくなるものなのか?
しかも、その夜にてんかん発作があった。
大発作がおさまったあとも、しばらく筋肉がピクピク痙攣するのと、脳の興奮状態が続くので眠れず、ずっと歩き回るので、ぶつからないようにソフトサークルの中に入れる。この発作の後遺症的なものが朝方まで続くのだ。それでも、ツボ押ししてあげているとだいぶ落ち着いてきたので、悪いけど私は寝るよって布団に入った。
というのも、前の晩の地震で22時40分に目が覚めてから眠れていないのだ。ほぼ丸一日寝ていないので、20時すぎに布団に入ってうとうとしたときに発作が始まったのだった。
ところが、部屋の中に蚊がいて耳元でブーンと邪魔をする。起きて殺戮を試みるがかなわず、再び眠る。当然の成り行きとして次はかゆみで目が覚める。また起きて探すが見つからず。身体に虫除けアロマスプレーして再び布団へ。そしてまた刺され......、もうかゆくても寝た。
どのくらいたったかわからないけれど、ひときわ大きな声で「ワンっ!」という雄叫び。その声が発作から正気に戻った合図なので、サークルにお迎えに行き、そのあとは朝まで布団で一緒に眠った。発作のルーティンが完全にできあがっている。
コントかよっていう地震・発作・蚊のトリプル安眠妨害で、今日も頭がボケボケの私。
シューはすっかり落ち着いて、今はお昼寝中。
じわじわと大きくなっていくのではなく、突然、数時間のうちに大きくなる腫瘍......。口の中側に進出してこないことを願うのみ。とりあえず今はまだ食べることに何ら影響なく、元気でごはんを楽しんでいるけれど、この急な変貌ぶりを見ると先は読めないね。
生きる力まかせ
シューの悪性腫瘍が見つかってから1週間。出血&腫れは一晩でおさまり、その後見られない。
腫瘍があることはうすうす気づいていた。何カ月か前から鼻水が出るようになっていて、いつも見ている獣医さんのブログで、高齢犬の鼻水は重度の歯周病や腫瘍のことが多いと知ったからだ。さらに、ここ数日は鼻水に加えてよだれが出るようになった。
今朝、シューのベッドに敷いたひんやりマットが濡れていた。
顔を乗せていたあたりと下の方までしっとり濡れていて、おもらし?と思ったけれど、ベッド本体が濡れるほどではなく、今朝は起きてすぐにたっぷりちっこが出ていたので尿ではないと思う。匂いも違った。あれもよだれなのか? まるで体液が漏れたような、いやな濡れ方だった。
そのあと、マイソールの空き待ちしている間シューをちやほやしていてくれた「側室」の某嬢が、あっ!と声を漏らしたので見ると、シューの滑り止め用に敷いてあるヨガマットの上に小さな水溜りがあった。やはり腫瘍が決壊して溜まっていた水が出たか?とワナワナしたのだが、おむつの脇からちょこっと漏れた尿だったようだ。もはや、何かあると悪い想像をするモードに入っているらしい。
この腫瘍は動きがとても速いそうだ。
しこりが見つかって2週間で食べられなくなって、ひと月もたたないうちにお別れというラインをベースに考えておけばあわてることはない。つい脳内で1人作戦会議が始まってしまい、うっかり「心ここにあらず」になることだけ気をつけよう。今朝はやかんに水を入れただけで沸かしてないのに、それでコーヒーをドリップしていた。
シューはみんなにかわいがられて十分に幸せに生きてきたから、1日でも長くなんてことは考えていない。あとはシューの生きる力にまかせるだけだ。あるいは天命に従うだけ。だから、いつもと同じ毎日を過ごしている。
唯一、ガン細胞は糖分が好物なので無駄に腫瘍をのさばらせないように、おいしいものをたくさん与えながらも極力炭水化物を減らすことにした。いつも食べてるフードの量を減らして、その分肉や魚、お豆腐をプラスしてみている。因果関係は定かではないけれど、先月ケーキを与えてから口腔内の状態が悪化したような気がするし。
夏の不調から脱出した私は、炭水化物をまた好きなだけ食べているけどね。
天然のスピリチャルグルは、どんなふうにその生きる力を見せてくれるのだろう。
タイムリミット
なんたって18才のシュー太郎氏が先日人間換算で89才となる節目にまたもやケーキでお祝いしてご長寿起爆剤を投入した。
みんなをのけぞらせるほどの食欲と食いっぷりは、なんだかこのままずっと生きているのではないかと思わせる。
そんな矢先の今週月曜日、書き物をして猫背がちな姿勢を解消するため、ボルスターを背中の下に置いてリストラティヴポーズで休憩中、シューを抱き上げてお腹の上に乗せたところ。
あれ? ノドの辺りの毛が一部長いな。
二日ほど前にバリカンで刈ったところだったので、やり直そうと起き上がってよく見たところ、毛ではなく皮膚が隆起していた。触るとかなり大きい。そして触られたくなくてかなり抵抗している。
バリカンを入れたときは気づかなかった。
というか、たぶんそんな大きなしこりはなかったと思う。
これまでもハレモノというかデキモノはあったけれど、明らかにそれとは違うので、何かの腫瘍ではないかとグーグル先生に聞いてみる。リンパ腫? それとも、歯周病が進行して炎症を起こしたか?
腫瘍ならばもう少し調べてから行動するが、もし炎症で腫れているなら今行かねばとペットクリニックに行ったところ、口の中にできるメラノーマか扁平上皮だねとのこと。つまり悪性の腫瘍であるらしい。もちろん検査してみないとわからないけれど、私が検査も薬も嫌っているのを知っているからか何もせず。
高齢犬に頻発するのだそうだ。
どんどん腫瘍が大きくなって食べられなくなったり、呼吸ができなくなっていくこともあるという。だいたい3カ月、早ければ1カ月で死んでしまう子もいるとのことだった。
検査もしないのだから、抗がん剤も放射線もましてや手術など考えもしない。
そもそも元祖飼い主である母が治ると言われた胃ガンの手術をしていない、そんなうちの子だ。18才まで生きてもう十分なのに、いまさら治療のために痛い、苦しい思いをさせる必要性がどこにあろうか。
それに、考えようによっては余命宣告されたほうが、残りの時間を悔いのないように大切に過ごしやすくなる。
生きている限りいつかはこの肉体が滅びるのだから、できるだけ自然のままがいい。ただ、これからどういうことが起こるのかはわからないので、できるだけ穏やかな毎日になるよう努めるのみ。
それにしても、腫瘍が大きくなるのが早い。
たぶんあっという間に信じられないほど大きくなって、ひどい顔になったり、食べられなくなったりするんだろうなあと思っていたら、腫瘍がみつかった翌日、夕ご飯のあと歯みがきのために口の中に入れたウェットティッシュが真っ赤に染まった。それも、ドロドロ粘液タイプの血液だ。
とりあえず消毒して、止血のためにアルニカを口の中に放り込んだ。痛がる様子はなく、ぐっすり眠っているが、敷いていたひんやりマットに唾液混じりの血液のシミがついていた。
思ったより猛スピードで腫瘍が暴れているのだろうか。いつ何があってもいいように練習生に知らせておいた。
痛みのせいか夜中に何度か起きたけれど翌朝は腫れが引いていて、でも触られるのをひどく嫌がったので歯も磨かず、そっとしておいた。
弱った足腰のために血行を促進する漢方薬から気を補うものに変えて、食べられるうちにあげなければと冷凍庫に入れてあったごちそうを食べさせた。
そうしたら。
今朝は、すっかりいつもどおりのシューさんになっていた。拍子抜けするくらいいつもの。
もちろん腫瘍が消えたわけではないけれど、触れるし、歯も磨ける。またしてもあと数年は生きていそうな雰囲気すらある。以前もてんかん発作で終末期ですと宣言したことがあるので、今度も「死ぬ死ぬ詐欺」か?
そうだったらいいけれど、そうでなくてもいい。
今後このガンがどんな勢いで、どんなスピードで体を蝕んでいくのか見当がつかないけれど、シューの生きる気=食べる気、すなわち免疫力はまださほど衰えていないみたいだ。
その時が来るまで、ただ天から与えられた命の限り、生きるのみ。
天の思し召しで
人間の兄弟がいないので、犬を兄弟代わりに育った私だけど、自分の家で飼っていた犬以外に、心を通わせたコが何匹かいる。
虐待を受けていたところから保護されたニーニャは、人間を信用できないため、ものすごく吠える凶暴な犬だったけれど、わりと簡単になかよしになった。
インドで出会ったタフィーもまた、人を震え上がらせるほどの恐ろしい、そして実際に噛む犬だったけれど、2カ月を一緒にすごすうちに、特別な存在になった。
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最近では、分校のご近所さんちのアルバちゃん。
大人しい子で、最初はシューにも私にも関心なさそうだったけれど、同じ目線で話しかけていたら気が通じるようになった。
もし私が自分の好みの犬を飼うとしたら、大きい犬を選ぶだろう(住宅的金銭的な条件で断念するだろうけど)。そして、犬にはまったく興味のないシューなのに、大型犬だけには好意的に近寄っていく。特にアルバちゃんには。
お昼をごちそうになり、おしゃべりに夢中になっていてふと気づくと、アルバちゃんが私の足元で寝ていた。危うく蹴りそうな距離で。
そんなかわいいアルバちゃんがひと月ほど前に虹の橋を渡ったって。
それを知ったきのうは、思い出すたびに涙がとめどなくあふれてきて、夜にはまぶたが疲れて目が開けていられなくなった。
大きな体に抱きついたときの感触が忘れられない。
話しかけると、ちゃんと聞いてくれていたその顔つきが目に浮かぶ。
シューよりずっと若かったのだけど、みんなそれぞれ生まれ持った寿命があるのだろうね。短いとか長いというのはあまり大した問題ではないんだと思う。どの子も何かしらの運命で飼い主さんのもとに召され、かけがえのない時を刻んだのちにお空に帰っていく。
切ない。
切ないけれど、その与えられた時間を慈しんで受け入れるしかないよね。
地球上に犬や猫がどれくらいいるのかわからないけれど、その中のたった1匹とめぐりあうというご縁こそ、まさに天からの思し召しだ。たぶんシューは、まだその思し召された使命を果たし終わってないだけなのだと思う。
ペットクリニックの先生は、私をひとりで置いていけないと思ってがんばってるんじゃない?と言っていたけど、そんな殊勝な犬じゃないな。ただ、CHAZENの継続という使命のために(そうとは知らずに)長生きしているというのはあるかもしれない。
いつでもその思し召しを受け入れるという態度でいることが、ペットロスを軽減するヒントになると思う。ペットだけでなく、人でも同じ。五蘊は空であるということが理解できなくても、与えられたものを受け入れるという態度でいることができれば、苦しみは最低限にできる。
そして、今このときを存分に生きること。
振り返って後悔しないこと。
アルバちゃん、お空の向こうでシューを待っていてね。
今の様子だとまだ先になりそうだけど、そのときはよろしくね。
誕生日の昭和歌謡シリーズ
あまりにもくだらない内容なのであっちのブログに書くことをやめて、でもこっちならいいのか?という疑問が湧きつつも、
いいんです!
誰のためにもならない、好きなことを書くのがこのブログなんだからさ。
発端は2年前にこう書いたところから。
いやいや、今思えばホントに「まだ16歳」だったわ。
このあたりから「来年はないかもしれない」という前提で過ごしてきたので、一日いちにちがボーナス特典みたいな気分なんだよね。
この歌は思ったより知ってる人がいた。
松本伊代はリアルタイムで見ていた人もわりといると思われる。
で、ひとつやるとすぐ調子に乗って次もやりたくなる性分だから、17歳では南沙織を出してみた。
子供のころ好きだったなー、南沙織。
調査していないけれど、活動期間が短いので70年代生まれの人も知らないであろう。ただ、森高千里にカヴァーされたので、17才という歌自体はわかる人が多いかもしれない。
コロナが完全に収束して、思いっきり飛沫を飛ばしてもいい時が来たら、同世代とカラオケに行って南沙織を熱唱してみたい(敬老会かよ)。
そいで今年、18歳と言ったら私のなかでは絶対的に岡崎友紀だったのだ。
南沙織同様、私より下の世代はまず知らないだろうね。「おくさまは18才」とか「なんたって18才」とか、父とチャンネル争いしながらよく見ていたもんだわ。まだテレビは一家に一台がふつうだった時代。そして、私がいちばんテレビをみていた時代かな。
今調べたら「なんたって18才」は1971年の放送だったので、私は小学4年生だったと思うけど、伊豆大島でこのドラマのロケをしているところに遭遇したのだ。ナマ岡崎友紀かわいかったなー。
その旅行はたぶん、おじいちゃんと一緒に旅行!というテーマだったのだろうけど、うちの家族と親戚一家&祖父の総勢8人で行ったんさねー(なつかしさのあまり群馬弁)。
で、またまた思い出写真館。
そのとき三原山で馬に乗ったときの。
この馬を引くおじさんがとってもいいおじさんで、寒くないようにジャケットをかけてくれたり、いろいろやさしい口調でお話をしてくれたのをよく憶えている。それで、次に来たときもまたこの138番の馬に乗るからねって約束したんだよ。これはたぶん父に番号入りの写真を撮ってと頼んだものだろう。だって、ふつうのスナップショットだったら、馬全体と子どもたちが中心のはずなのに、おじさんが全身で馬は上だけなんて。
このときの総勢8名のうち半分は他界したけど、おじさんは今ご存命かしら......。
それにしても、シューの生まれる33年くらい前の話だけど、私はまだビフォー還暦で、シューはもう米寿なんだね。
来年19才の歌は思い浮かばないから、昭和歌謡シリーズはとりあえず18才でおしまい。来年の誕生会、あったらすごいなあ。今の食欲の感じだとありそうだけどねw
いちばん偉いのはお犬様です
夢をみていた。
禅の旅に行くときに使う大きなワゴン車を運転しているのだけど、思うように車を動かすことができない。シートに腰かけられず、ウトゥカターサナのような(空気椅子のような)姿勢で運転しているからだ。危ないので路肩に停車して、後続の車をやり過ごす。ふう、事故にならなくてよかった。
目的地の旅館に着いた。
純和風旅館の、木でできた階段を上る。
階段はらせん階段のようになっていて、各階に踊り場のようなスペースがあって、そのほんの一畳ほどの場所が客室なのだとわかり、びっくりしてのけぞっている私。階段だけの旅館って......。
そこで目が覚めた。
なんとシューが枕と平行に、布団の幅いっぱいに寝ている。
お犬様にぐいぐい押されて布団を占領された人間様は、端っこ20センチくらいのところで身を縮こませて小さくなっていた。
それがウトゥカターサナで運転したり、階段しかない旅館の夢になったんかー。
ナットク。
昔はぐいぐい押し返したり、「ちょっとぉ〜、もっと端に寄りなさいよ〜」とか文句言ったもんだけど、今はお犬様が安眠できるなら人間様はいくらでも耐え忍びますわ。
お山に泊まってたとき、いったん起きてなにかしてから戻ったら占拠されていた写真。これはまだマシだったね。